旅立ちに贈る花―「ABC座星劇場2023 ~5 Stars Live Hours~」(2023.12.8/帝国劇場)


 5人体制最後となるABC座。2日目の公演に行ってきました。一部の曲目や演出のネタバレを含みますのでご注意ください。

 


 「intrinsic worth」―本質的な価値。固有の価値。
 2ヶ月ほど前の私は、脱退の報を受けて書いた文章にこんなタイトルをつけた。この言葉は、調べたところによるとリンドウの花言葉だという。グループの衣装を脱いで進む新しい道でも、自分の生まれ持った価値を大切にしてほしいから……というのはちょっぴり後付けで、誕生花の花言葉を一通り眺めてピンときたものを選んだというのが実のところだ。どちらにせよ、この旅立ちに贈るにはもっとふさわしい言葉があるように思えて、貧弱なボキャブラリーをかき混ぜながら、ずっと考えていた。

 この言葉を選んだことにそこまで深い意味はないといったけれども、この頃の彼らを取り巻く環境の変化を見ていると、「価値とは」と、時折考えてしまうことはある。もし、優しさとか経験とか、目に見えないものの価値を分かりやすく数値化できるツールがあるなら、彼らが感じてきたであろう悔しさのひとつくらい、なかったことにできたかもしれない。そんな空論をもてあそぶ。もしそうだったなら。もしかしたら。そこまで膨らんだ妄想をぱりんと割って、散らばった破片を手に取ると、そこには「寂しさ」や「後悔」と書かれていた。いくらそれらしい仮定を並べたてたところで、「本当のこと」は誰にもわからないのだと気付いたとき、カレンダーの日付はもう12月まで進んでいた。

 正直なところ、その選択に対して100%納得できたわけではない。未だに、笑顔で送り出したい気持ちと、膨れっ面で意地悪を言いたくなる気持ちを行ったり来たりしている。けれども、その決意を尊重したいことだけは確かだった。日比谷へと向かう道、おろしたての鞄に入っていたのは、そんなシンプルな結論である。

 


 今年のABC座は一幕・二幕ともにライブ形式。最後の挨拶以外にはMCを挟まず、ほぼノンストップで楽曲を披露するパワフルなステージだ。

 一幕の「Act A」では、事務所の様々なグループの楽曲を披露していく。別グループが作るメドレーに慣れた身にとっては、選曲や演出の色がここまで違うのか、と興味深く感じた。印象的だったのは、関ジャニ∞の「友よ」。このタイミングで聴くと、歌詞が沁みて沁みて仕方がない。五関さんと塚田さんが歌う「RUN」(Sexy Zone)は、二人のフレッシュな声と相性抜群。「Replicant Resistance」を踊る戸塚さんの背後には、錦織一清さんのダンスも映し出される。その流線的なダンスの源流が、錦織さんへの憧れにあることがよく分かった。
 一幕の最後は、最新EP「5 STARS」から、「オリジナルストーリー」。戸塚さんの「楽しいねえ。ライブは楽しいねえ」という呟きが、ふわりと宙に浮かぶ。繰り返される「それでいいんだ」というフレーズを噛み締めた。

 二幕は、A.B.C-Zの楽曲を披露する「Act Z」。様々な楽曲に彩られたこれまでの軌跡を振り返っていくような時間だった。本音を言えば聞きたかった・観たかった曲は他にも沢山あったけれど、観ている側がそれぞれの思い出を書き足す余白を残したセットリストは、彼らなりの優しさなのかもしれないとも思う。
 新曲のパフォーマンスはどれも素晴らしかったが、中でも「OVERHEAT」の格好良さは群を抜いていた。また、5人それぞれのソロパフォーマンスも、昨年から更にパワーアップしていたように感じる。橋本さんはバックにSpeciaLの面々を従えてガシガシ踊り、五関さんはついに玉座に座り、戸塚さんはギターをかき鳴らす。太陽のように温かい「S.J.G」からの「君の優しさ VS 僕の愛情」は、流石に反則と言いたくなるほどセンチメンタルで、どこからかすすり泣きの声も聞こえてくる。5つのスポットライト、5色のライト、5種類の星座。それが何を表しているかはもう明白で、全編を通して一番感傷的な演出だった。

 時間はあっという間に過ぎて、残すは最後の一曲になった。メンバーひとりひとりが、それぞれの言葉を紡いでいく。「初めての形式で不安もあった」と橋本さん。塚田さんは「ひとつひとつやり切ることが大事だなって」と笑顔で語る。「今日の思い出を心にしまってね」「そんなに奥じゃなくて、『なんか今日しんどいな~』ってときにぱっと開けてガッと取り出せるところに」と茶目っ気たっぷりに話すのは五関さん。「あの物語の最終回ってどんなだったかな、と思いながら作っていました」と戸塚さん。河合さんはスタッフさんや観客たちの協力に感謝しながら、「まだ実感がない」と本音をこぼした。

 挨拶が終わり、河合さんが舞台上に設置された階段を上がっていく。その背中を見たときにようやく、「これが最後なのだ」と実感した。ピンク色に戻したペンライトのスイッチをもう1回押す。他の誰でもない、彼だけのための色をした花束を握りしめながら、ラストの曲を聴いた。

 


 この文章を書いているうちに、12月21日まであと1週間を切った。
 「卒業」という事実は理解しているつもりでも、帝国劇場で最終回を観た後でもなお、まだ実感が湧かないままでいる。これまでの経験上、それはきっと後からやってくるのだろう。テレビで1人のMCを見た時かもしれないし、舞台で4人のアイドルを観た時かもしれない。新しい形の中に不在を感じた時かもしれないし、感じなくなった時かもしれない。その時にどんな感情が待っているのかは想像するしかないけれど、形が変わったグループのことも見続けたいと思った。

 「Zは0で、新たなスタート」。かつて誰かが言っていたように、彼らはこれから新しいスタートを切る。その先にどんなことがあるのかは分からないけれど、せっかくの門出ならば、明るい花を贈りたい。かき混ぜるのに疲れて放置していた語彙を改めて見やると、そこには季節外れのカンパニュラが咲いていた。ならば、旅立ちにはこの花を贈ろう。白と紫の花びらに、ありったけの想いを込めて。