舞台「BACKBEAT」


 ついに観てきました「BACKBEAT」。戸塚さんのファンになってから色々お噂を聞いていたので、「観たかったなあ……」と思っていたところに再演が決定。初めはFCで取った東京1公演のみ行く予定だったのですが、気が付いたら一般発売で兵庫3公演と大阪1公演、東京の注釈付きS席も取っていました。結論、取っておいて本当によかったです。とても素敵な舞台でした。


 以下は感想です。

 

一幕

 スチュアートがバンドに加入し、「ザ・ビートルズ」という名前になった5人が、ハンブルクで過ごした青春の日々を描く一幕。「ワル」じゃすまされないこともやっているけれど、荒々しくてギラギラとした輝きがとても眩しかったです。物事が始まった瞬間に生まれ出る熱、そのエネルギーを真正面から食らった気持ちになりました。何だろう、ビッグバンを間近で見た的な……(?)私たちは、その始まりがどんな終わりを迎えるか知ってしまっているけれど、知っていてもそのきらめきの価値は変わらないし、知っているからこそ、それを尊いと感じるのかもしれないな、なんてことを考えていました。

 正直、アストリッドに夢中になりすぎてグループの和を乱しまくっているスチュアートは本当に…ほんっとうに好きになれないのですが、ラブシーンのロマンチックさは好きでした。スチュの手をすり抜けるように焦らすアストリッド、でも最後はアストリッドから抱きついて、それを軽々と抱え上げるスチュ。この時スチュが持ち上げるのは右足だけで、アストリッドが自分で左足をふわっとのせて足を組むんですよね……。この一連の動きがとても美しかったです。

二幕

 強制送還されリバプールに戻った彼らが、再びハンブルクを訪れるところから物語が動き始める二幕。一幕のきらめきとは打って変わって、祭りの後のような寂寥感が漂っているのがなんとも好きでした。最初は勢いで上手く回っていた歯車が、次第に噛み合わなくなっていくのがとても切なかった。バンドとしてはここからスターダムにのし上がっていく訳ですが、どうしてかずっと不穏がつきまとっている。それは、この「BACKBEAT」という物語がビートルズだけのものではなくて、スチュアートやピートの物語でもあるからなんだろうな、と思いました。

 特に好きだったのはスチュ、ジョン、アストリッドの3人が海辺で会話するシーン。アストリッドの声が響く少し前、灯台の明かりがぐるっと舞台を照らすとき、一瞬だけスチュの靴が照らされる演出も好きでした。半狂乱でスチュを探すアストリッドに対して、ジョンは半ば呆れながらついてきたようにも見えるのですが、その前のシーンで「スチュがいないのに!」とあれだけ取り乱していること考えると、靴を見つけたらああいった叫び声にもなるよな、と……。だからこそ、そんなに必死になってスチュをバンドに戻そうとしていたジョンが、実際のスチュの様子を見て、「戻したいと『思っていた』」と過去形で伝えるのが切ない。でもスチュを特別に思っていることに変わりはなくて、「こいつを頼む」というセリフにも、色々な情念が宿っているのがとても好きでした。

 二幕は結構きつい描写が出てくるので体力を使うのですが、7回観ても唯一まともに観られなかったのは、スチュがソロで「Love Me Tender」を歌うところですね……。やっぱり大勢いる中で誰か一人に向けて歌われる歌って好きじゃないというか、我々は何を見せられてるんだろうっていうあの感じがむずむずしてどうしようもなかった……。きっと二人の気持ちに寄り添って観るか、バンド側の目線で観るかで印象が違うと思うのですが、私は後者でした。というか、この現場を目撃してたクラウスくん大丈夫だったのか……?いい人すぎんか……?


登場人物

 真っ暗な会場にゴツゴツと足音が響いたあと、赤いシャツを着たスチュアートが額縁の前に現れて、キャンバスの隅に飛びつくように筆を執ったとき、最高を確信したというか、「うん、これは戸塚さんのファンが伝説のように語り継ぐのもわかる」という気持ちになりました。
 これは素人の戯言だと思って聞いてほしいのですが、戸塚さんは割とひとつの役柄の中でもブレを感じることがあって。いい悪いの話は置いておくとして、それはなんでかなって考えたら、強烈な自我が役柄をはみ出すときに、それがブレとして見えているんじゃないかなと思うんです。今回はそれが殆ど目立たなかったというか、それも全部ひっくるめて、まるごと「スチュアート・サトクリフ」なんだろうなという不思議な説得力がありました。多分それはスチュの中にあるものと、戸塚さんの中にあるものが似ているからなのでしょう。でも私たちの目の前にいたのは戸塚さんじゃなくて確かにスチュだったんですよね。……もう何言ってるのか分からなくなってきちゃいましたけど、とにかく凄かった。私たちがいるべきとされる側を「こちら」と称するなら、「向こう側」に片足をつっこんでいる危うさ。でも幻ではなくて、確かにそこに存在して輝いている。そんな、はつらつとした生命力もあって、それがとても良かったです。

 加藤和樹さん演じるジョンは、劇中を通して存在感が絶妙でした。強引に物事を進めるパワーもあるけれど、全部をなぎ倒してかっさらってしまうわけでもない。スチュに対する異常ともとれる執着も、きちんと伝わるけれど決してやりすぎにならない。あらゆる感情の表現が本当に絶妙で素晴らしかったです。公演期間中、ジョンは音楽的才能のないスチュをどうしてバンドに入れたんだろうとずっと考えていたんですが、私の頭では答えが出せませんでした。無念。ビートルズがジョン自身の世界の全てなら、その世界の中心にいてほしかったのかなあ、とか考えましたが、多分正解は明確な一つの答えではないんでしょうね。物語のラスト、鳴りやまない拍手の中で、椅子に座ったスチュを見つけた時、そしてスチュに黒いコートを手渡された時、ジョンは何を思ったんだろうか。
 加えて、加藤さんは歌の表現がとても良かったです。私は音楽から感情を読み取るのがどうにも不得意なのですが、スチュアートの葬儀の後、ジョンが歌う「Love Me Tender」からは、大切なものを失った悲しみ、怒り、やるせなさ、色々な感情が全部伝わってきました。本当に凄かった。

 観劇前は全くノーマークだったのですが、観劇後一番に思ったのは「ピート、めっちゃ好き……」でした。確かに他のメンバーとの決定的な考え方の相違や自尊心の高さは感じるけれど、ヤバそうな薬には手を出さない危機管理能力もあるし、プロモーターと話付けるし、いいやつじゃん、と思ったり。間違いなく、バンドの理性であり良心でもあったと思います。だからこそ、あの決別がとても切ないのですが……。ピートが「1年以内にこう呼ばれているだろう」と自負していた「ピート・ベスト&ビートルズ」が違った意味で実現しているのが悲しい。「ここぞってタイミングで出した答え」がそれだったんだなあと思うと本当に……泣けてきますよ……。エプスタインから解雇を告げられた後、スタジオでひとりドラムを叩くシーンは何度観ても良かったです。初めに鳴らすバスドラム、怒りにも聞こえつつ、やるせなさを昇華しているようにも思える響きが好きでした。
 ピートに関しては一幕で「(How Much Is) That Doggie in the Window?」をパフォーマンスするところも好きです。めちゃくちゃ綺麗な足上げ!と思ったらピート役の上口耕平さんはダンサーもされている方なんですね!ダンスも歌も素敵だったなあ。
 そういえば、街を散策する場面で、柵の近くに腰を掛けていたピートの頭にジョンが煙を吐きかけたのには笑ってしまいました。ピートのリーゼントからもくもくと立ち上る白い煙。あれ毎回やってるんですね?回によっては気付かなかったメンバーのために何回もしていてさらに笑いました。

 愛加あゆさんが演じるアストリッドは、凛としたたたずまいが美しかったです。立ち姿に、気高さ、意志の強さを感じました。ただ、クラウスにあんなところを見られておきながら「あなたが出会わせたのよ」は流石に強気すぎて引くとかを通り越して笑ってしまいましたけれども……。正直アストリッドに感情移入するのがとても難しくて、あの時代に女性が芸術家として生きていくにはそれほどの強さがないといけなかったのかも、と考えて自分を納得させつつ観ていたところはありました。
 一方で、その芯の強さが物語が進むにつれて変化していたのも感じていました。スチュアートの飛び入り演奏のシーンで、カールから手渡されたハンカチで涙を拭うところや、身に着ける靴が高いヒールのブーツからヒールのないぺたんこのパンプスに変わっているところも、もしかしたらその変化の象徴なのかなとも思ったり。アストリッドがスチュを変えてしまったように、アストリッド自身もスチュによって変わっていったのかなと感じました。

 ジョージはメンバーの中で最年少ということもあり、劇中を通して可愛げが爆発していた印象。理不尽な演奏依頼に耐えかねて「おかーさーん!」と叫ぶところもそうですが、独特の緊張感が漂う中でも、ジョージの言動でどこかほっと気持ちがほぐれるような、そんな可愛げがありました。終盤、ポールに向けた「おれもわかんない」の台詞が本当に分かってないときの言い方だったのが好き。そういえば、一幕では一人だけ煙草を吸っていないのに、二幕では一瞬吸うシーンが出てくるのは、ちゃんと18歳になったからなんですかね?*1密かにお兄ちゃんたちに憧れていたんだろうか……。
 ジョンを演じる辰巳雄大さんは初演のときはギター初心者に近い状況から始めたそうですが、今回はそれを感じさせない演奏でした。ギターソロの見せ場も多く、とにかく楽しそうに演奏する姿が印象的でした。劇中、ポールの「行け~ジョージ!」という煽りを受けて、ジョージが前に飛び出してギターソロを弾くシーンがあるのですが、そのパッション溢れる演奏がとても素敵でした。

 劇中では多くの曲が使われているのですが、中でも好きだったのがポールが歌う「A Taste Of Honey」。JUONさんの歌と演技、とても好きでした。ポールは自身も音楽的な才能に溢れているけれど、ジョンとは違う冷静さがあるというか、客観視ができるタイプなのかなと感じました。レコード会社の人間に売り込みに行く際にも、写真を持ち込んだり、5人組であることをアピールしたりと、ビジネス的な嗅覚にも優れていた印象。時折冷酷なやなやつにも見えるけれど、JUONさんが演じることによってチャーミングさが足されて、とても魅力的な人物になっていたように感じます。スチュがバンドを抜けて荒ぶるジョンに対して、「俺はうれしいよ、あいつが辞めてくれて」と自身の気持ちをぶつけるシーンも好きでした。スチュへの嫉妬やジョンに対する特別な気持ちが伝わってきてとても良かったです。
 ずっとスチュの腕前には否定的だった印象なので、初見では「あいつは本物のロックを知ってる男だったから」がしっくりこなかったのですが、演奏に飛び入り参加するスチュを嬉しそうに指さしたり、葬儀で彼の死に深い悲しみを感じているところを見てすとん、と腑に落ちました。スチュの中にある魂の部分はきっと認めていたんだろうなあ。
 あとこれは完全におまけなのですが、ベルト・ケンプフェルトを見つけて階段を駆け下りていくとき「ベルトさんっ」って呟くところを毎回ちょっと楽しみにしてました。現場からは以上です。

 他にも、西川大貴さん演じるクラウスの不憫さには流石に同情の念を禁じえなかったし、同じく西川さんが演じたリンゴ・スターの全身でリズムを表現するようなドラミングも印象的でした。尾藤さんのエルヴィスも格好良かったし、バックバンドにめちゃめちゃにされるトニー、それをおおらかに受け止めるベルト……ここには書ききれないくらい全員が魅力的な舞台だったと思います。カールを演じる工藤広夢さんの毎公演のアナウンスも素敵でした。

 

その他雑感

美術

 目立つのは大きな額縁でしょうか。そこから飛び出して物語が始まり、最後には額縁の中へ帰っていくというのも印象的です。

 楽器については、「Songs magazine」(vol.10)*2に戸塚さん、加藤さん、辰巳さんの使用機材の記載がありました。
・戸塚さん:エピフォン リポリⅡ
・加藤さん:リッケンバッカー 620 2014年限定モデル
・辰巳さん:ギルド ジェットスター

 ドラムセットに関しては、アフタートークでプロデューサーの江口さんが「ピートとリンゴで変えている」とおっしゃっていました。思い出せる限りで違いを書き出してみます。
○ピート
セッティング:バスドラム(メーカーのロゴ入り)、ライドシンバル、サスペンデッドシンバル、スネア、フロアタム
色:全体的にクリームがかった色
スネアの角度:地面に対してほぼ平行

○リンゴ
セッティング:バスドラム(ロゴなし)、ライドシンバル、サスペンデッドシンバル、スネア、フロアタム、クラッシュシンバル、タム1つ
(名称があってるか自信ないけど、多分左手側のシンバルとタム1つが増えてる)
色:銀色でキラキラした加工がされている(スネアだけ金色に見えたけど気のせいかも?)
スネアの角度:角度がある(叩く人に対して奥側が上がっている)

 あとこれは気のせいかもしれないのですが、スチュの腕についている絵の具の色も一幕と二幕で違った気がします。一幕は青がメインに白と臙脂がところどころついているような感じで、二幕はほぼグリーン。もしかすると最期のシーンで掌を汚す血の赤と反対色にしたのかなあ、とか考えていましたが、これは本当に気のせいかもしれないのであてにしないでください……笑

アフタートーク

 5/28の公演を観劇したので、上演後のアフタートークも拝見しました。ざっくりとしたニュアンスのメモはこちらに。

 

劇場と遠征の思い出

 3か所の劇場で観たので、それぞれの印象と、遠征の思い出を記録しておきます。

兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
 音がとても良かったです。ずしっとくるようなバスドラムとベースの音も感じて、個人的には一番好きな音響でした。2階席も視界が良く、とても観やすく感じました。カーテンコール、見晴らしのいい席から色々な層のお客さんが同じ音楽に体を揺らしてるのを見たら、なんかグッと来ちゃいました。

 2日目の観劇終わりにフォロワーさんとお会いできたことも楽しかったです。せっかくカフェでワッフルを食べたのに、食い気に走りすぎて写真を撮っていない痛恨のミス。この舞台に限らず、色々なお話が出来てとても楽しかったです!ありがとうございました。

 

枚方市総合芸術文化センター 関西医大 大ホール
 2階席だったからか、若干台詞がこもって聞こえた気がします。(両日観劇された方の感想を見ると、2日目は修正されていたのかな…?)でも最初の靴音はばっちり聞こえました。視界もとても良好でした。

 ちょっとだけ方向音痴なので、駅からの道も分かりやすくて助かりました。せっかく来たのだから、とチェーン店ではなく近くの洋食屋さんでご飯を食べ、淀川を散歩したのも良い思い出です。

 

東京建物 Brillia HALL

 色々噂に聞いておりましたブリリア。音響について結構言われているのを見かけたのですが、確かに反響の仕方が独特なのか、台詞がぼわぼわした感じがありました。ただもっとアレなことも覚悟していたので、そこまで酷くはなかったなという感想です。いずれも1階席のスピーカーの近くの席だったので、もしかすると他の席だとまた違った印象を受けるかもしれないですね。

 帰りに渋谷駅に寄って広告の写真も撮りました。

最後に

 同じ舞台を何度も観る経験はこれが初めてでしたが、回ごとに新たな発見が沢山あって、とても楽しかったです。素敵な体験ができました。
 願わくば、また彼らと会えますように。

*1:現在のイギリスおよびドイツの法律では喫煙は18歳以上から認められているそう。飲酒シーンに関しては、ドイツはビール等の一部の酒であれば16歳以上で認められているので問題ないようです。

*2:2023年4月13日発行(リットーミュージック