陽炎と冬将軍

特別な色で世界を染めてよね

「ここから始める」ということ―「関ジャニ's エイターテインメント GR8EST」(2018.7.15/札幌ドーム)


書きたいこと全部詰めました。
ガッツリネタバレあります。ご注意下さい…!

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関ジャニ∞を好きになってから今日まで、この1年半のこと。
もし全て日記帳に記録してあったとしたら、どんなことが書いてあるのだろう。
ふと、そんなことを考えていました。

2017年1月の終わり、かなり中途半端な日付から始まっているその日記の最初には、困惑とワクワクが入り混じった不思議な文章ばかり書かれているはず。
2月3月は音源を聴く度・映像を観る度に得られる色々な気付きが嬉しくて、ついページを真っ黒にしてしまう程ぎっしり文字を詰めて。
4月はエイタメBDの感想を書き殴っているだろうし、5月はページ丸々使って「メトロックやったね!!!」って書いてあるんだろうな。
6月の前半はべったり糊付けされていて読めなくなっているけれど、そのあとは「ジャム」の話ばかり書いてあるだろうし、8月初めての東京ドームの記録はカラフルなペンでびっしり書いてあるのかな。逆に「楽しかった!」しか書いていなかったりして。
もしかしたら、秋を過ぎた頃から白紙がちらほら増え始めているかもしれない。
一方では「応答セヨ」の感想でびっしり埋めてある日もあるんだろうし、紅白で楽しく年を越して、カウコンの「チェケソーソー!!」が最高の年明けだったね、って話も書いてあるかも。テレビや映画の感想だって、沢山書いてあると思う。

それはきっと大学ノート1冊にも満たないほどの薄さだと思います。もしかしたら他の人には読めないかもしれない。仮に解読できたとしても、特に面白みの無いようなものなのでしょう。
ただ、そんな薄っぺらい日記帳こそが、私にとっては大切な宝物なのだと、最近やっと気が付きました。
正直消したいところも沢山あるんです。もっと書けば良かったって思うことだって沢山ある。でもいくら望んだって、後から書き換えたりは出来なくて。
だからこそ特別で、何にも代えられないものなのだと思います。

 


そんな宝物のような日々を振り返って、6月にひとつ、文を書きました。

ongakubun.com

お気楽で無責任そうに見えるけれど、誰よりも心強いヒーロー。
私は関ジャニ∞に、そんなヒーロー像を重ね合わせていました。
曲の歌詞に、歌声の持つ力に、何回助けられたことでしょう。どれだけ、勇気を貰ったことでしょう。
私は関ジャニ∞の「強さ」に、何度も救われてきました。

安田さんの身体のことを知ったとき、私はいつしか無意識のうちに「強くあること」を強制していたのではないかと反省しました。
誰にも負けないような理想のヒーロー像を押し付けていただけなのかもしれない、とも。
でも、メッセージを見たりweb連載を読んだりして、やっぱりその「強さ」があるからこその関ジャニ∞なのかなとも思ったんですよね。
自分の弱さと向き合ったり、自分の想いをありのまま自分の言葉で伝えたり、そういうことが出来る人って、決して弱くなんかないよなあと思ったら、また心配になるくらいに「強すぎる」なあ、と。
何かもう上手く言えないんですけど、やっぱりその「強さ」に助けられたし、これからも何度も何度も救われるのかなと思います。

最後まで格好いい「アイドル」でいてくれて、
正直な気持ちを聞かせてくれて、
自分の言葉で本当のことを教えてくれて、
いつも優しい言葉で包み込んでくれて、
最後の曲でも笑顔でいてくれて、
ずっと普段通りの姿でいてくれて、
それぞれの受け止め方があるって感じさせてくれて、
本当に、ありがとう。

 


2018年7月15日、ツアーが始まります。
どんな気持ちを持っていくのか凄く悩みましたが、札幌ドームという空間や目の前の出来事を全力で楽しむことを目標に、なるべくまっさらな気持ちでいたいと思っています。
…あくまで思っています、ということです。
その日がどんなページになるかは、まだまだ分かりませんので。


発色の良い水性ボールペンで踊るように書かれたページ、やわらかめのシャープ芯でぐりぐり塗り潰されているページ、前後とべったり糊付けされているページ、何も書かれていない空白のページ……。
この1年半を日記帳に例えるならば、そんなページが並んでいるのでしょう。
所々水滴が付いてふやけた、私だけが読める日記。
思ったよりも少し重たいけれど、私はそれをずっと懐に入れておこうと思います。
時々取り出しては見返して、あの赤の鮮やかさを忘れないように。

2018.5.16

大倉忠義さん、33歳のお誕生日おめでとうございます!

端正なお顔立ちと抜群のスタイルから受けるスタイリッシュな印象と、
朗らかで大らかな笑い声やとにかく美味しそうに食べる表情の可愛らしさ、
一見正反対に思える2つの要素が同居しているところが魅力的だなと思っています。
また、物事を客観的に見ることのできる聡明さに憧れます。
その冷静で俯瞰的な視点は、色々なところでグループの力になっているのではないでしょうか。
音楽面でも、ドラムや低音パートなど土台となる役割を担うことの多い大倉さん。
これからも、その聡明さと安定感で、グループを支えていってください。

昨年は舞台、今年はドラマ、と、俳優としての活動も充実されていますね。
ここからもっともっと役の幅が広がり、予想だにしていなかったような役を演じることになったら、と期待しています。
様々な役を演じる姿を、とても楽しみにしています。

ドラマの撮影やツアーの準備など、お忙しい日々が続くと思います。
くれぐれもご自愛ください。
今後のますますのご活躍をお祈りしております。
大倉さんにとって、素敵な1年となりますように!

2018.5.9

横山裕さん、37歳のお誕生日おめでとうございます!

改めて「37」という数字を見て驚いています。本当に若々しい……!

バラエティではお茶目で可愛らしい一面をのぞかせつつ、ドラマや映画では陰のあるシリアスな役もこなす。そのギャップが素敵だなと思います。
昨年は主演映画「破門」の公開や「上を下へのジレッタ」の上演などがありました。
今年も映画「累-かさね-」ご出演されるとのことで、また横山さんの雰囲気ある演技を拝見できるのが本当に楽しみです。
物語のキーパーソンであり、知的で美しいキャラクターをどう演じていらっしゃるのか、劇場のスクリーンで観る時を今か今かと心待ちにしています。
これからもっともっと様々な役柄を演じるお姿が観られたら、とても嬉しいです。

 

演技にも少し関わることですが、横山さんの柔らかな声の響きはやはり素敵ですよね。
私は去年の夏初めて関ジャニ∞のコンサートに行ったのですが、
特に印象に残ったのが「Answer」での横山さんのソロパートでした。
ステージのスクリーンに流れる画像が切り替わる度にあがっていた黄色い歓声、
それが息を呑むような静寂に変わったあの瞬間は今でも鮮明に思い出されます。
あの広いドームの中にいる誰もが聴き入っているような、そんな静けさの中で美しく響く横山さんの声。
上手く表現できないのですが、あの感覚が本当に心地よくて、忘れられないんですよね。
今年の夏もあんな光景が観られたらな、なんて期待しています。

 

月末にはベストアルバムの発売、さらにはツアーも控え、これからお忙しい日々が続くと思います。
最近は気温差も大きく体調を崩しやすい気候が続いておりますので、くれぐれもご自愛ください。
今後のますますのご活躍をお祈りしております。
横山さんにとって、素敵な1年となりますように!

見えもしない何かを ずっと信じてゆける それでいいと思った


前回あんなことを言っておきながら、ここ数日で気持ちの整理が段々とつき始めたのを感じます。
それは、すぐそこまでやってきていた春の訪れのお陰なのか、雲一つない空があまりにも清々しいお陰なのか、はたまた別の理由なのか、定かではないのですが。


あれから、気が付いたことがあります。
「私、関ジャニ∞のこと全然知らないんだな」、ということ。
分かった気になっていた訳ではないつもりです。でも、やっぱり全然知らないんだな、と。
メンバーそれぞれがめちゃくちゃ格好いいことと、めちゃくちゃ素敵な歌を歌うこと、めちゃくちゃ面白くて、めちゃくちゃ仲がいいこと……大体知っているのはそれくらいでしょうか。あと出身地とか、血液型とか……?

考えてみれば、当たり前なんですけどね。
実際に話したこともないし、ライブ以外で観たことないし、私は彼らを知っているけれど、彼らは私を知らない。
勿論、全てを知る事なんてできないのは分かっています。これはアイドルとファンの関係に限った事では無くて、どんなに身近な存在でも、たとえ生まれてからずっと一緒にいたとしても、別の人間が何を考えているのか、その全てを理解することは物凄く難しいことです。
だからこそ、人が何を感じ・考えるか、その一つ一つは尊重されるべきだし、
だからこそ、好きな人が何を感じ・考えるかを、つい知りたくなるのだと思います。

最初の「知らないな」という話に戻りますが、
仮に今、この状況の中で「関ジャニ∞を知ろう・これまでを辿ろう」としたとき、どんなことを感じるのでしょう。
ついつい理由を探したくなってしまうのかな、とか、ついつい不穏因子を勝手に作ってしまうのかな、とか、色々な想像をしてしまって、少し怖くなってしまいました。
……ただ一つ確かに言えるのは、少なくとも私があの夏ドームで観た姿の中にも、テレビや紙面、歌詞を通して受け取った言葉の中にも、嘘はなかったんだろうな、ということです。
目には見えないものだけれど、あの日確かに感じたこと。
私はそれをずっと信じたいし、ずっと信じていける、そう思ったのです。
曲げる必要など、忘れる必要など、何一つ無いのだと。

そう考えたら、もっと知りたい、今観られる姿を目に焼き付けておきたいという、ちょっと前向きな気持ちになれたんですよね。
私にはまだまだ知らないことが沢山あって、それを知らないまま過ごしていくのは、やっぱりもったいない気がするのです。
これまでの21年間渋谷さんがアイドルをしてきたという事実や、関ジャニ∞のメンバーとして過ごした14年という時間、そこで成し遂げたこと、それらは消えて無くなってしまうものじゃなくて、この先もずっと残っていくものです。
今の私は、その先に出された結論を知ってしまっているけれど、
ではその結論に至るまでの過程が全て寂しいものなのかといえば、そうではなくて。
だから、私は、渋谷さんから貰った勇気を大切にしたいし、これから貰うかもしれない宝物のような気持ちを、ずっと信じていきたいと思います。
だから、もっともっと色々な事を知りたいです。これまでの関ジャニ∞も、これからの関ジャニ∞も。

 

とってもとっても贅沢な我儘を言わせていただくならば、渋谷さんが歌う姿をもう一度、この目で観たいです。
でも、無理にとは言いません。
どんな音楽がしたいのかな、どんなことを学んだのかな、とやっぱり知りたくなってしまうけれど、どこかで音楽を好きなままでいて下さるのなら、それで十分です。
あっ、でも「さようなら」は言いません。
これからも、是非とも、よろしくお願いいたします。

 


そういえば前回書き忘れたのですが、タイトルはserial TV dramaの「ginger」という曲から取りました。

器用じゃなくても報われなくてもなくしたくない
傷付くことさえ出来ないままならば幼いだけだ

            ―serial TV drama「ginger」

ginger/serial TV drama - 歌詞検索サービス 歌詞GET

最後のフレーズ、今まではずっとただの「強がり」だと思っていたのですが、もしかしたら決意に似たような気持ちなのかもしれないな、と思いました。
そこまでしても「なくしたくないもの」、見付けたのだとしたら、それはそれでとても幸せなことなのかもしれないですね。

 

今回も、同じserial TV dramaの楽曲から。

見えもしない何かを
ずっと信じてゆける
それでいいと思った

なんでここでこのバンドの曲を選んで聴いていたのか、というのは理由があるのですが、詳しくは言いません。まあその……それはそれ、これはこれ、なので。
でも、私の気持ちを整理してくれた曲であるというのも事実です。

……そういえばこの曲ね、「赤いパーカー」っていうんですよ。

http://j-lyric.net/artist/a04e096/l00e05d.html

器用じゃなくても報われなくても

二日前の私が書いた文章を読んで、驚いた。やけに冷静で、あっさりしていて、もうひっくり返すことのできない出来事を目の前にしているとは、到底思えなかった。
ただ、あの文も嘘偽りない気持ちであることは確かで、この二日間でこんなにも心乱されるとは思ってもいなかったのだろう。こんなにも腹が立っているのは、こんなにも子どものように駄々をこねているのは、色々なことを考えてしまったせいだと思う。

 

正直、最近はレギュラー番組を確認することもあまりしなくなっていて、日常の中で趣味に費やす時間もどんどん減っていった。たまにアルバムを聴く程度。ジャムだってじっくり観ていない。これは私の怠惰というほかならないのだけれど、こんな状況では悲しむことが出来ないのは当たり前なんだと思ってしまった。涙の一滴も出ない薄情すぎる自分に引いた。だからこそ、物わかりのいい振りをしようと思ったのかもしれない。

昨日ふと、去年のことを思い起こしていた。
あることに取り組まなければいけなくて、それは自分の将来に関わることでもあったのだけれど、どうしても漠然とした不安を解消できないままでいた。悪い予感は当たるもので、結果は散々。今思えばこれパワハラじゃないの、と思うようなこともあって、想像以上にダメージを受けていた。それは2週間ほどある中の、丁度真ん中の頃のことだったのだけれど、もう我慢が効かなくなって、本気の本気で、全部辞めようと思った。これまでのこともこれからのことも本当にどうでもよくなって、ぞっとするようなことを色々と考えた。でも、帰りのホームで不意に触ったスマホの画面を見て、どうにか思いとどまった。その日発表された、アルバム『ジャム』の詳細。3人と、4人の組み合わせ。「あ、私これを観るまでは絶対に死ねないな」、そう思った。繋ぎとめるには、それだけで十分だった。
もし時期がずれていたら、数か月前に関ジャニ∞に興味を持っていなかったら、どうなっていたんだろうと思う。結局私はこれを職にすることは諦めたけれど、大学を辞めずに済んだし、辞めずに済んだおかげでこれまでのことを無駄にすることなく資格を取ることが出来たし、今素敵な人達に囲まれながら学ぶことが出来ている。ちょっと大げさかもしれないが、あの時の私にとって、関ジャニ∞正真正銘の「命の恩人」だった。一生かかっても返しきれないような恩を頂いてしまった。それなのに。

 

そしてもう一つ、気が付いてしまった。
私は、「関ジャニ∞渋谷すばる」の歌がもっともっと聴きたかった。
これまでの曲、そして、これからの曲。
ドームで「LIFE」が聴ける日を、「大阪ロマネスク」が聴ける日を、今か今かと心待ちにしていた。今度はどんな曲を書くのだろう、関ジャニ∞としてどんな表現をしたいのだろう、どんな姿を見せてくれるのだろう。そんな期待をしていた。
続いていくことを信じて疑わなかった。

以前、「生きろ」の感想に、こんな文を書いた。

 この曲を聴くと、渋谷さんはこちらが想像していた以上に「音楽」という物の力を信じている人なのかなと思います。
きっと「アイドル」と「音楽」という物の板挟みに苦しんだ人なのではないかと思うのだけれど、それ以上に音楽に救われた経験があるのではないかな、と。
それに加えて、「アイドルである自分が歌う意味」を何処かで掴んだのではないかなとも思う。
「好きなアーティストから貰っていたら救われていたかな」と感じた言葉を、
自分が伝えたいこととして形にする、
好きなアイドルがそういった視点を持っているということ、そしてその曲を聴くことが出来るということは、この上なく贅沢なことなのだと思います。
そういった感覚がある人はきっと、自分の言葉が誰かにとって何よりの救いになることを知っているはずだから。

きっと、渋谷さんのことだから、ソロアーティストになっても音楽やリスナーに対しての誠実さは変わらないのだと思うし、だからこそ、関ジャニ∞のファンとして渋谷さんの音楽を聴くという喜びをもっともっと味わっていたかった。
渋谷さんが置いていこうとしているもの全て、私にとっては何にも代えがたい宝物なのだということに気が付いてしまったんです。
……本当に、決めてしまったんですね?

あー、苦しいな。悔しいな。腹立つな。
もう、気持ちが散らかって片付く気配がない。

 

2018.4.15

それまでは、全くの事実無根だと思っていた。次のツアーでは面白おかしく茶化す、そんな7人の姿が見られるとばかり思っていた。
……というか、今も思っている。漠然と、信じられない気持ちでいる。

2018年4月15日。
公式からのお知らせを見ても、会見の記事を読んでも、映像を観ても、何だかこれが事実とは思えなかった。カレンダーを見ながら、思いっきり頬をつねった。頬は痛いし、何回確認しても、今日は4月1日ではない。
どうやら、私にはどうしようも出来ない、事実らしい。

困ったな、と思った。
好きなアイドルの「卒業」、ちょっとは慣れたつもりだったのに。

「卒業」は、「好きな人が自分自身の夢を持って旅立つ」ことと、「好きなグループから好きなメンバーが抜ける」ことが同時に起こる。それを事実として受け入れるのは、やはり時間がかかる事だし、人によってはずっと受け入れられないままなのかもしれないとすら思う。
最近、他のグループで「アイドルとしてやり切りました!」と清々しい表情で旅立っていく子たちの背中を見送ることが度々あった。だから慣れたと思っていた。
けれど、思い出してしまった。
彼女たちのその晴れやかな顔を見る度、嬉しい気持ちと悲しい気持ちの狭間の暗闇に、急に放り投げ出されてしまったような心地になることを。
「おめでとう」と言いたい気持ちと、「本当に辞めてしまうの?」「後悔はないの?」「アイドルでいるままではだめなの?」と問いただしてしまいたい気持ち。
そして、「結局は他人なんだな」という、諦めのような気持ち。この感情を一言で表すのは、私には出来ない。
正直、ちょっと免疫が付き始めたんだろうなとすら思っていたのだけれど、大きな間違いだった。
おそらく、きっとこの先も慣れる事なんてないのだろう。

 

そもそも、メンバーが居なくなるなんて想定していなかった。
私はここ1年くらいの新参ファンだから余計にそうなのかもしれないけれど。
「女子アイドルとジャニーズの違いは「卒業」がないことだなあ~」なんて思っていたのに、もうそういう時代ではないのだということを突きつけられてしまった。
エンタメの世界に絶対はないとは分かっていたけれど、心のどこかでは「彼らに限って」と思っていたのかもしれない。
おじいちゃんになっても7人で笑っているんだろうな、と信じて疑わなかったから。
会見での話やWebでのコメントを見て、「一緒に夢を追う仲間」が「違う夢に向かって歩み出す仲間を見送る友達」になったんだな、ということをぼんやり感じてしまった。
それが何だか途方も無く寂しかった。

……ついマイナスなことばかり考えてしまうのだけれど、進路を未だに迷っている私としては、今36歳というタイミングで新たな道にチャレンジしようとする人生の先輩の姿は勇気づけられるな、とも思う。
そして、その背中を押すことが出来るのも、嬉しいことだ。
でも、やっぱり寂しいという気持ちが勝ってしまう。
それが話し合いを重ねて出された結論だとしても。

救いだったのは、少し出てきていた嫌な噂を否定してくれる、そういう場を設けてくれたことだと思う。
好きな人が、事情も知らない人の悪意や勝手にでっち上げた妄想に苦しめられるのはいただけないから。
ただ、ツアーは出てほしかったなあ。
あの時が最初で最後だったのだな、と考えてしまうから。
こちらのエゴだなと思いつつも、「これが最後なんだ」と分かっている状況で、さようならと行ってらっしゃいを言いたかった。

 


ここまで書いたのが、今の率直な気持ちです。
これからの関ジャニ∞がどうなるのかは分からないけれど、私個人は応援し続けるつもりです。今夏のツアーも申し込む予定です。

でもさ、やっぱり寂しいよ。

 

最後に。
メンバー、そしてエイターの皆さんが、根も葉もない噂や心無い一言、無責任な報道に心を痛めることがありませんように。自分の感じ方を否定するようなことがありませんように。
それだけを願っています。