さざなみ

 6月12日の夜、ドラマを観終わった最初の感想は、「ううん、そうきたか」だった。原作とはまた違った種類の苦みがどうしても耐えがたい。彼は何故、無関係の人間を手にかける凶行を重ねたのか、何故自分に刃を向けたのか。その理由を、彼がそこまでして守りたかった存在に知られてしまっているということは、そこに待ち受ける現実は、きっと原作よりも厳しいものであろうと想像してしまったからである。そして、多様な家族の形があると頭で分かっていながら、それでも血のつながりがあるということだけで納得させられてしまう自分の浅はかさも感じていた。まあ、ドラマなんだからそんなに真剣にならなくても、と自分でも思うのだけれど。そんな調子で、この時点ではあくまで話の本筋のことを考えているのが主であったと思う。

 そんな役柄を演じた役者さんと、自分の記憶の片隅にあったスパイシーな印象が結びついたのは、それから数日経ってからだった。その方がアクロバットとダンスを武器とするアイドルグループのメンバーであることは知っていて、原作より若い年代に設定されたその役へのキャスティングに対しては、「劇中にあのトリックがあるからだろう」と、どちらかといえばメタ的に考えていた。だから、その演技力を目の当たりにしたのは、失礼ながら想定外の出来事だったともいえる。Wikipediaで出演作を調べると、数々の舞台で主演をなさっていることが分かって納得する。一方で、単独での映像作品への出演はそこまで多いとは言えない。意外だな、と驚いてさらに、検索画面のサジェストに表示されるファッション小物と洋食の名前を見て、思わず声が出た。数年前、「こんな純な理由で大事になってしまったのは可哀想だなあ」と遠巻きに眺めていたあのニュースの中にいた、まさにその人だったからである。まさかイコールでつながるものだと思っていなかったので、驚きをそのままタイムラインに放流してしまった。今思い返すと、ポジティブな出来事というわけでもないことを蒸し返すのは過ぎたことをしたなと反省しきりである。一方で、それをきっかけにファンの方からおすすめの出演作をいくつか教えていただいたのもあり、週末にドラマをいくつか観てみることに決めた。そしてグループの節目に出るというシングルを聴いてみると、想いと力の込められた素敵な楽曲だ。ご祝儀を包むような気持ちで、3種を予約した。

 ここで改めて件のドラマを見返すと、最初に気が付かなかったことにも目が行くようになる。動機の根幹となる自分の罪を告白するときの生気のない声や、回想シーンから想像される本来の穏やかな性格との二面性は特に印象的だったのだけれど、それよりももっと細かい場所にも、きちんと心の機微が見えるのだ。「そのトリックも解けてる」と指摘されたとき、ほんの少しだけ見開かれる瞼の動き。わずかに上がる片眉の動き。それまでは淡々と返答していた中、最後のトリックを明かされる前の反論だけ現れる、顔の歪み。そのどれもほんの一瞬で、同じ瞬間に瞬きをしていたら見逃すほどの細かさである。3回くらい見返してからようやくこの細かい感情の揺れに気付いたとき、妙な納得感があった。舞台上で生まれるこの一瞬を逃すまいと観ているファンの方なら、劇中で彼が身に着けていたあるものが変わっていることに気付くことなど造作もないのだろう、と。

 ああ、しまったなあ、と思った。そのさざなみのような揺れの出処を知りたくなってしまったのだ。深入りしすぎたらいつか足を取られると分かっていながら。

 前にほんの少しだけ書いたけれど、働き始めてから少しだけ体調が良くない時期があって、それからはなるべく穏やかにいられるような生活を心がけていた。また、その状態になった理由は環境というよりもむしろ、自分の中にある考え方の癖や認知の歪みみたいなものの方が大きいと分かっていたから、なるべく波を起こさないようなものを意識的に選んできた。好きなグループの作品も、自分の準備が整うまでは置いておいたし、何かがあったらひたすらパズルゲームに没頭する、そんな生活。心地よいけれど、どこか虚しさもあった。何より、このままいけば、本当にいつか何の楽しみも無くなってしまって、ここに何も書けないままなんじゃないかと、また別の不安もあった。でも、安心した。あのさざなみに気付けたのだ。私はまだ死んでなんかいない。

 週末にいくつかドラマを観る。その役柄の広さと印象の変わり方を見ながら、やっぱり、その根幹にあるものが知りたくなった。そして、その根幹をたくましく、それでいてしなやかに作り上げた何かは、あのとき半ば他人事のように包んだご祝儀の宛先にあるのだろうと、そんな予感がしている。これを運命と呼べるほど今の私は純粋でもないけれど、知らないふりをするには、偶然が重なりすぎていた。

 ああ、しまったなあ、うわごとのように繰り返している。さざなみはいつの間にか大きくなっていく。岸は遠く、遊泳禁止の立札はもう見えない。もうここまできたら、そうせざるを得ないわけで。

 だから私は、「愛」と「勇気」のグループだという、そのアイドル―A.B.C-Zを追ってみよう、そう思った。